身近に出会った自然がらみのよもやまを日記風に綴っていくつもり。ただし、古は唐の山海経の如き、妖怪変化の類は現われない。そんな古代中国人の想像ばかりを記述したものは自然科学ではない、と考える向きもおありだろうが、なに、生物に対する言葉を「カワイ〜」と「キモイ〜」しか持ち合わせていない現代の日本人と比べて、認識にそれほどの差はあるまい。
毎年夏になると、昆虫関係のテレビ番組へ、講師として出演の依頼が来る。今年は温暖化がらみで、都内でクマゼミを探すという企画があったのだが、関西からの木の移植によるゲリラ発生の疑いが強いので一考してもらい、話を詰めていくうちに、東京23区内で6種類のセミを採るという内容になった。どこかの自称プロナチュラリスト・SS木みたいに、「トロピカル生物が東京に進出!!」などと、センセーショナルに騒ぎまくらずにすんで一安心。とはいえ、クマは別として、アブラ、ミンミン、ニイニイ、ツクツクボウシまでは楽勝だが、ヒグラシは難しそうだ。皇居や目黒の自然教育園にいるのは確実なものの、まさか網を振り回すわけにはいくまい。さらにセミの解説だけでは面白くないので、採り方について何かネタもほしいとのこと。以前、大阪ではエビ採り用の網を「地獄網」と称してセミ採りに使うと聞いていたので、これは使えると、釣り具屋などを探してみたところが、どうやら関東には無いらしい。仕方が無いので、針金で自作したのがこれ。3メートルほどの釣り竿の先に取り付けて使うもので、扱いに慣れるのにしばらく時間がかかるものの、なかなか具合がよい。横にのびた枝の下側にとまったセミは、普通の網では取り逃がすことが多いのだが、地獄網の場合は首を90°に曲げて、下からすっぽりとかぶせることができる。これは他の昆虫採集にも応用できるかも知れない。ところで肝腎の収録の方は、一日がかりで都内をまわった結果、クマゼミを除いて捕まえることができ、羽化のシーンも撮影できて、なんとか面目を施した。
娘の学校見学につきあって、多摩丘陵にある某大学へ。あまりの暑さに冷たいものでも買おうと、キャンパス内のコンビニへ入ろうとしたら、入り口付近をメタリックに輝く5センチほどの昆虫が飛び回っている。すぐにピンと来てカバンではたき落とすと、案の定ヤマトタマムシだった。変温動物である昆虫の多くは、夏の真っ昼間のいちばん気温が高い時間帯には、木陰などで休んでいるものだが、タマムシの類はこうした一般の傾向をまったく無視しているらしく、往来を歩く気にならないくらいの暑さでないと姿を表わさないようだ。昨年某テレビ番組で、都心でヤマトタマムシを探すという企画があり、数年前に記録のある江戸城の北の丸公園を取材したものの、あいにくの冷夏のためか、まったく見つけることができなかった。こうした朽ち木食いの昆虫が、都心でもしぶとく生き残っているのは、植栽された街路樹や公園の木などが古くなったため、枯れた部分に依存できるようになったからではないかと以前にも書いたことがある。戦前は郊外でしか見られなかったキツツキのコゲラが都心に進出してきたのも、同じ理由からだろう。都市の生物の変化に対しては、つい温暖化の影響とか、自然の復活といった方向に考えてしまうものだが、わざわざそんなものを持ち出さなくても、多くの生物は微妙な環境の変化に対応して消長をくり返しているに過ぎないのだ。ところでヤマトタマムシは「吉丁蟲」と書くことからもわかるように、昔から縁起が良いといわれる昆虫である。これを学校見学でつかまえたとなれば、何たる吉兆これで合格は間違い無しと喜ぶべきところだが、唯物論者のうえ、蛾が好きで甲虫に興味の無い娘には「ふーん、きれいじゃン」の一言で片付けられてしまった。
守宮2004.08.31
そろそろ夏も終わりのようだが、今年の異常なほどの暑さに、いよいよ地球の温暖化が進んだのかと不安を抱えている向きも多いらしい。現にちょっとした生物界の変化を、温暖化の証拠ではないかとする問合せが何件かあった。東京西部の檜原村で見つかったニホンヤモリについて聞いてきた新聞記者もその類で、今まで生息していなかった高冷地で見つかったのは、温暖化が原因ではないかという記事が書きたかったようだ。ニホンヤモリは、家屋に対する依存性が非常に高く、都内の住宅でもふつうに見られる。しかし、少なくとも東日本では、自然界で見た人はほとんどいないだろう。これは、もともとすんでいなかった地域に建材などに着いて運び込まれ、冬でも暖かい家屋のなかで代を重ねてきたためらしい。檜原村に隣接し、やや標高の低い日の出町で、60年以上に渡って自然観察を続けてきた宮野浩二氏の話でも、ニホンヤモリが見られるようになったのは、家の暖房が完備したここ20年ほどだそうだ。檜原村のヤモリが、どういう経路でそこまでたどり着いたかは不明なものの、温暖化と結びつける証拠は何も無い。以前もマスコミで「春にセミの声を聞いたが異常気象では」とか「都会に現われた赤トンボの大群は天変地異の前触れか」といった話題が取り上げられていたが、いずれもごく当り前の自然現象だ。それを事件にまで祭り上げてしまうのは、体験に基づいた自然に対するセンスが、多くのマスコミ関係者に不足しているからだろう。ちなみに今回の記者については、こちらの説明に納得したらしく、檜原のヤモリが記事になったという話は、今のところ聞いていない。
東京山椒魚2005.04.04 ここ10年ほど、春恒例の行事としているのが、トウキョウサンショウウオ(左写真)の生態調査だ。我が家のある東京西部の丘陵地には、雑木林と水辺をすみかとするこの生物の生息地が少なくない。3月から4月にかけては繁殖期に当り、ふだんは林の湿った落ち葉の下でくらしている多くのオスとメスが、浅い水たまりなどに集まって産卵する。一匹のメスは、なかに40ほどの卵がつまった、クロワッサンのような形の寒天状の卵のう(右写真)を2つ産むので、これを探して数をカウントしていく。この時期、重症のスギ花粉症患者としては、なるべくなら外に出たくないし、ぬかるみで中腰になっての調査は、日ごろ運動不足の体にはけっこうきつい。しかし落ち葉や枯れ草の下に隠された卵のうを見つけていくのは、宝探しの要素もあってなかなか楽しく、今年もまた翌日から筋肉痛に悩まされる羽目になってしまった。ちなみに担当した地域の調査結果は約600個。例年とくらべ、特に減っている様子もないので一安心である。
この調査は、毎年実施の時期を固定しているので、年ごとの気候の違いからくる産卵の進み具合が、見つかる卵のうの数にあらわれる。当然産卵期が早ければ、カウントされる数は多くなるわけだ。ただし、春の訪れが早ければ産卵が進むかというとそうでもなく、桜は散ってしまったのに、卵のうはまだ少なく、産卵に集まって来た成体ばかりが見つかるような年もある。水中に産卵するサンショウウオにとっては、どうやら温度よりも雨の降りぐあいの方が重要らしい。今年はなかなか春が来なかったわりには、卵のうの数は多く、産卵のピークはすでに過ぎているようだった。一方で例年同時期に産卵するアズマヒキガエルはまだ姿が見えず、同じ両生類とはいっても、産卵に適した条件というのはさまざまであることがわかる。サクラのように積算温度だけが開花の条件となっている生物なら、季節の指標として役に立つが、姿をあらわす条件が複雑な場合、出現期が季節の進み具合を反映しているということは一概には言えない。生物を何かの指標として使う際には留意すべき点だろう。
片栗2005.04.11 我が家から歩いて10分ほどの河岸段丘の斜面に、カタクリの群落がある。ここは人家の裏庭のクリ林なので、林床がこまめに手入れされているため、薮に被われることもなく、長年維持されて来た。守山弘氏の説によると、カタクリは本来ブナ林帯のスプリング・エフェメラル(木の葉が展開する前の明るい林床を利用して急激に開花結実し、日陰の時期には休眠している草本)で、氷河期以降、一年を通じて日陰となる照葉樹林帯が北上してくるのに伴って、北へ追いやられるはずだったという。しかしこのころから、焼き畑などの人間の干渉によって、落葉広葉樹の二次林が多くを占めるようになり、カタクリはこの明るい環境を利用して、生き延びることができたそうだ。ここの群落のように、関東低山地のカタクリ群落の多くが、よく人手の入った北斜面の雑木林に限られていることもそのためらしい。実際にこのすぐ近くの川沿いからは、竪穴式住居の遺跡が発見されており、ひょっとすると、当時から1000年以上に渡って、この群落は維持されて来たのでは…と想像してしまう。しかし最近は土木工事の技術が進歩したのか、建築許可の体系が変わったのか、こうした斜面に高い擁壁を立てて住宅開発をする例が多くなってきた。この斜面に続く崖線でも何ケ所かで、万里の長城を作っているような工事が行われている。周辺の地価もけっこう高いので、相続税はバカにならないだろう。ここのカタクリも、持ち主の代が変わったら…と思うと、見事な群落を目の前にしていながら、暗い気持ちにならざるを得ない。
河原蝗2005.09.02
本作りの都合で、カワラバッタが必要になった。はじめは知り合いの昆虫標本商に注文しようかと思ったが、こんな虫を採っても商売にならないだろうから、おそらく在庫はあるまいと考え直し、自宅からはさほど遠くない河原に探しに行くことにした。夏じゅうデスクワークが続いて、すっかりフィールドにもご無沙汰なので、運動不足解消にもなる。季節的には、すでに成虫がいる時期なので問題はないし、10年ほど前に姿を見たことがあるので、そこへ行けば30分ほどで見つかるだろうと目論だ。このバッタの生息環境は、しょっちゅう洪水に洗われ、植物もろくに生えないような、礫のゴロゴロした河原である。写真ではどこにいるのかよく分からないが、これは撮影技術の問題というより、このバッタが見事に礫の背景に擬態しているためだ。最近では治水が発達したためか、大雨でも川の水位があがらないうえ、河原の富栄養化が進んで、植物が次々と進出して来ているらしい。そのため、もともと河原をすみかとしていた生物達は、行き場を失って激減しており、カワラバッタもそのひとつといわれている。生物の生息環境を保全するというと、なるべく撹乱されないように手つかずで守っていくという姿勢が主流だが、なかには撹乱されることこそが、生きるための条件となっている生物もいるのだ。今年は台風が多かったので、カワラバッタにとっては、よい影響があったに違いない。そんなことを考えながら目的地についてみると、なんと環境がすっかり変わっていて、礫の河原がなくなっているではないか。撹乱される環境は、常に変化しているという原則を、すっかり忘れていたのである。おかげで日陰一つなく、照り返しの厳しい河原を、えんえん数キロにわたって探し歩くはめになった。ようやく最初の一頭を捕らえたころには、熱中症になる寸前だ。ところが写真の通り、その一帯にいるカワラバッタはすでにマーキング済み。どうやら、河原の生物の保全のための調査活動をしているフィールドに、入り込んでしまったようだ。番号入りのバッタでは、もちろん使いものにならないし、何より他人の調査を邪魔するわけにはいかない。その後別の場所で、なんとか番号の入っていないものを捕らえることができたが、久々のフィールドワークは、たいへんハードなものになってしまった。
卵茸2005.09.08
九月のはじめというと、まだまだ残暑のまっただ中というイメージがあるが、すでに茸のシーズンが始まっている。かつて信州に住んでいたころは、今がちょうどハナイグチ(現地名ジコウボウ)のシーズン開幕だった。おもにカラマツ林にはえるこの茸は、中部地方以外ではあまり珍重されていないようだが、鮮やかな色と独特のぬめりのある舌触りをもち、秋の到来を告げる味覚として人気が高かった。茸王国の感もある彼の地と比べると、東京の西の雑木林はいかにも役不足だが、それでも気をつけて探せば、かなり多くの種類の茸を見つけることができる。このタマゴタケも、いつも蛾を調査するフィールドで見つけたもの。昼間に訪れることなどめったにない場所で、偶然こうした収穫があるのは、予期しなかった珍種の昆虫を捕らえた時と同じような興奮を感じる。こうした派手な色をもつ茸は毒があるとして、敬遠されることが多いようだが、おそらく同じように派手で毒のあるベニテングタケの印象からくる俗説だろう。タマゴタケは立派な食菌であるものの、ベニテングタケとは分類学的に非常に近い同科同属なので、一緒にされてしまうのも無理はない。しかしベニテングタケには、それほど強い毒はなく、死に至ることもめったにない。この茸の近縁種で本当に恐ろしいのは、色が派手ではないドクツルタケやシロタマゴテングタケで、死亡例もある。毒茸による中毒では、今年もすでに死者が出ているようだが、種の同定もできないようなものを平気で口に入れられるような勇気は、他の場面のためにとっておいた方がいいのではないかと毎年思う。