日の出ヶ丘病院 ホスピス開設6周年記念講演会 その2

(主催/日の出ヶ丘病院 2006.10 .21)

「ガン治療医としての経歴と考え方の変化」
 小野寺 時夫医師



 医師になった頃(45年前)と現在ではがんの診断治療が躍進し、考え方も変わってきた。大学病院時代初期は死んでも死んでも手術した。その後十年で手術は減少したが、新しいことをしなければ、という考えが先行。
 
ー都立府中病院時代ー手術で治療成績向上を目指し最初は手術をやりすぎた。高度進行がんに手術や抗ガン剤をやり過ぎるという疑問を感じるようになった。

ー都立駒込病院時代ーは管理職になり、ガン治療を客観的に見るようになり、進行がんを無理矢理手術したり抗ガン剤をやり過ぎることに抵抗感が強くなり、若い医師達の過分な積極的治療をおさえることが多くなる。 
自分自身ががんを経験し、高齢に近づいていることもあり、がんで死ぬひとのケアが遅れていることを悩むように。
  
ー多摩がん検診センター時代ー問題の多いがん検診体制に対する抵抗心が益々強くなる。現行通りのがん検診はあまり価値があると思えず、入院個室を18床作ってもムダになるから、ガン専門部門を併設するのがよい。と主張し、建設に反対したら都の幹部役人から「口を慎まないと、首が危ない」と脅された。結局、都の思い通りの建設となる。その後、建設に大反対したその多摩検診センターの所長になることに。三年間、可も不可もなくすごす。
その時に痛切に感じたのは、
1,胃の間接透視 と肺のレントゲン写真は早期発見にはあまり役立たず、ガン発見率は撮影技術と診断する医師の能力で著しく異なるということだった。
2,開業医によるがん検診に誤診や見落としが多いこと。

2つの不快だったこと
1,日本の現行のがん検診には問題が多いので莫大な赤字を税金で補填しているのを閉鎖するのは構わないと思った。が、開業医が検診をするから(前記2のことがあるのに)公的機関が検診する必要が無いという医師会の圧力が最大の理由になっていたこと。
2,私の後の多摩がん検診センター所長H氏が担当財団のある会議で都の天下り理事に異論をのべた。すると、定年後3年延長が決っていたのが取り消しになった。H氏は誠実で胃がん大腸がん早期発見の屈指の第一人者なのに。都の人事の一端を示している。

ホスピスの運営に参加してから、日本のがん医療は治療が中心で、やり過ぎる傾向が強い反面ガン患者の半数が死を迎えているのに末期がん患者の身体的苦痛緩和も精神的ケアもあまりに遅れていることに心を痛めるようになる。
 
ー国民健康保険審査員を経験してー
 通算17年国民健康保険の審査員をした。出来高払いの医療制度がいかに医療をゆがめたか。医療行為の多いほど収入が増える請求書の書き方で何十万何百万でももらえる制度下で全ての医師が必要限度の医療をして正直に請求するはずが無い。過剰診療をしても病名さえ付ければ、紙上調査なのでゴマかせる。
 また、日本はCT.MRI.PET他高度検査機を人口あたりアメリカの2倍以上、ヨーロッパ先進国の3.4倍持ち、薬剤の種類、使用量もずば抜けて多い。検査づけ薬づけ医療だが、医療全体の質は先進国に及ばない。
 ガン診療の面でも、大学病院などでも、食道がんや膵臓がんなどの手術死亡率が高いことと高度進行がんに無理な手術をしたため、良い時期がほとんどなく、間もなく死亡した例が少なくない。過剰診療で抗ガン剤を死ぬ寸前まで投与している例が多いことや末期ガン患者に血液検査やCT.MRI検査を頻回にし、無意味な延命治療をして高額な医療費になっている病院が目立つことだった。
 死を迎える末期ガン患者でも、鎮痛剤使用が少なく、とくにモルヒネ使用は希で苦痛緩和が十分になされていないことが伺われた。
 
とあるクリニックの例、ひと月の往診回数が医師一人で650回(!)700回というのがあり、不信に思い担当審査員と面談した。「私は働いているだけで家内が請求書を書いているだけなので分らない。」と言う。
開業医審査員が「同業者として一応注意するが往診は必要限度にして請求回数は間違えないように」と言っただけで終わった。 患者は脳卒中後遺症が多かったが、中にはガン患者もいた。しかし、鎮痛剤の投与は見当たらず、モルヒネの使用は全くなかった。
 
ー日本のガン医療、とくに進行がん、末期がんの場合の問題点ー
 ホスピスに来る患者は死を迎えざるを得なくなった人達だが、大勢の患者に接しているとがん治療現役時代に感じていた問題点がはっきりしてくる。自分の病状や治療方に関する理解が十分でなく末期を迎える人が多いこと、高度進行がんに対する手術のやり過ぎ、効果があまり期待できない種類のガン、進行したがんに抗ガン剤のやり過ぎ。末期がん患者ケア体制の不備、民間代替医療天国などに益々心を痛めている。

ー高度進行がん治療と末期ケアの日本の医療の問題点ー
1,自分の病状(進行度、予後の可能性など)を理解してない人が多い。適切な治療を患者が選択しうけること、終末期の余命を有意義に過ごすことも病状を正しく理解していることが基本的な必要条件。

2,がん治療による5年生存率や生存期間は病院による格差がある。病院や医師はどこでもかわらないと考えて、適切でない治療を受けている患者がいる。

3,医師側の問題だが、高度進行がんに、害こそあれ、益の少ない大手術をうけているひとがいる。

4,抗ガン剤は10年単位で見れば進歩しているが、どのがんにも効くのではなく、がんの種類や同じがんでも個人差があり、有効性がないのに無理矢理続けるのは害だけが蓄積する。
高度進行がんで全身衰弱のある場合は効果が無いだけでなく死期を早める危険がある。
短い余命を抗ガン剤治療に苦しんで過ごしている人がいる。

5.患者の個人としての確立が弱く、死生観も曖昧なので死を迎えざるを得なくなった時精神不穏の続く人が多い。

6.末期ちかくになっても延命治療だけにこころが向き過ぎ、医師全体に末期がんの苦痛緩和の知識(モルヒネなどの薬の使用方法)や経験が十分でない傾向があり、身体的苦痛緩和が不自由分で死を迎えている人がいる。
 末期がん患者の過半が科学的証明のない民間薬、代替療法をうけており、高額莫大な費用をかけている。
 
7,安らかに死を迎えるためにある程度の経済力を必要とすることが多いがその備えのない人も多い。

ー病状はすべてを知るのが最良ー
 日本人は良くないことの場合はイエスノーをはっきり言わず曖昧にする国民性がある。生死に関わるがんの場合も同じで、医師の説明を聞く患者の理解も曖昧で治療が進められる傾向が強い。アメリカではがん告知は100%。がん告知を受けた人は医師に納得いくまで質問し予後の可能性についても聞き、インターネットや病院医療相談で自分のがんに対する知識を深め、治療を受ける病院や医師をよく調べる。しかし、加入している保険のランク、(経済力次第で)自分の望む最良の施設、医師の治療を受けられるとは限らない。
 日本でもがん告知率は増加した。70〜80%。が、治療後の予後や生存期間について質問する人は意外に少ない。がんの予後はどの臓器のがんか、同じ贈蟻のがんでも悪性度、進行度によって異なる。また予後を聞かれても、治療後の経過や治癒すると思っていても再発したり、再発すると思っていた人が治ったりする例も珍しくない。しかし、例えば胃がん、大腸がん、子宮がんの早期ガンは切除すればほぼ100%再発しない。ガンになったと悩み続ける必要はない。がんの種類によるが第4期のがんで5年生きられる人は数%以下のことが多い。
 がんが発生した局所をこえたリンパ節転移がある場合の2,3期の場合、治癒する可能性が高いか再発する可能性が高いか予知できることが多い。
 医師が「手術がうまくいったから大丈夫」というのは手術合併症を起さないで経過するだろうという意味の場合が多く、ガンが治るということではない。「転移のあるリンパ節は全部切除した」と言っても、治るということではない。原発のがんから離れたリンパ節に転移のある場合、がんの周辺のリンパ節や組織をどんなに切除しても、目に見えないがん細胞全体を切除は不可能で。早晩再発するのが普通。

 日本人は本当に知的国民だろうか?と、こと医療に関してはしばしば考える。自分の病気の真実を理解していない人が多すぎる。胃、大腸の潰瘍、ポリーブの切除手術を受けた、腫瘍で手術を受けたと語る人がいる。優れた抗潰瘍剤の開発で今や胃潰瘍で手術をする人はほとんどいないし、大腸に潰瘍を作る潰瘍性大腸炎やクローン氏病、胃ポリープで手術になることもほとんどない。悪性でない大腸ポリープ切除は内視鏡ですみ、大腸切除することはない。胃や大腸を切除したとすれば殆どががんだと思うが、本人がそう思ってないのである。腫瘍は良性ですか悪性ですか?。と聞くと「分らない」と答える人がいるが、生死に関する大事なことを分っていない。
 不必要な手術・効果の期待できない抗ガン剤治療を避けるためにも、末期に身体的苦痛を少なく、安らかな死をむかえるためにも、真実をよく理解する努力をすることが必要基本条件だ。患者が生きる希望を失うからと偽り通すのが良いとは思えない。

ー真実を知るメリットー
 がんで死を迎えなければならなくなった人の辛い心境は当人でないと分らないが、真実を知った人のほうが落ち込みからの立ち上がりが早く、余命を精一杯行きて有意義に通している。がん告知を受けた人はとたんに思考力を失うほどのショックをうけ、いろいろな悩みがわく。
 ○なにかのまちがいでは?。○誠実に生きてきたのに 何でがんに。○あの老人でなく、なぜオレが。○家族はどうなる。○神も仏もない。○何でもするから神様助けて。○何もしたくも考えたくもない。○助かる可能性があるなら、どんな治療でも受けたい。○私の死後に夫が再婚するのでは?。○元気でいきつづける人が憎らしい。○どうでもよい。早くこの苦しみから逃れたい。○死ぬ時苦しむのではないか。○死んだら霊はどうなる。死後の世界はあるのか。

 病状、家庭環境、年齢、死生観により、百人百様の鬱状態を経過するが、早晩心の平静を取り戻してくる。年齢や家庭環境、性格にもよるが死を受容するまでは行かなくても、ある程度死と妥協するようになり、その人なりの落ち着きを得てくる。
 とくに命に関することは全て真実を知っていた方が良いと考える。希望を失わせないためと言いながら、偽り続けたり、効果期待できない状態で抗ガン剤治療をむやみに続けたり、効く証明の無い代替民間療法に走るのは私はどうしても賛成できない。

ー真実を知らなかった人ー
○ 社員約3,500人の大会社T社長(64才)、硬い食べ物がつっかえると言ってきたが進行した食道がんだった。知り合いの食道がん専門医の教授に頼んで手術をし、後、順調な経過。が、2年後大量の吐血で手術した病院に緊急入院。「手術は万事うまくいったので心配がない」と教授や受侍医に言われただけで、リンバ説転移があり早晩再発する可能性が高いことは説明されていなかった。執刀した教授に本当のことを話すようにお願いしたが本人から「質問されなかったので話しにくくそのままになってしまった」という。
 T社長は数年前新しい場所に大規模な研究所を設立し会社の大改革をすべく案ができた矢先の出血だった。T社長の状態の悪化の一途をたどり、間もなく会社役員と話すのも無理な状態になった。一代で日本一流の大会社にしただけに同情を禁じ得ない。

○高校同級生だったK弁護士は、「ひとは性悪説の方が妥当」とうそぶく、弱者の味方で誠実な人柄。弁護士にしては経済的に裕福とは見えなかった。K弁護士が61才の時肺がんになり私の友人の肺がん専門の教授に手術を受けた。術後それまでと同じように仕事を続け「働き通しだったから体力がもう少し回復したら、私のグループの海外ハイキングに参加すると語っていた。」今年は万難を排し参加するのを決めていた時、呼吸苦が出て来て、再発と分かった。彼の場合も教授から「手術は上手くいった。」と言われたので、直る可能性が高いと思っていたのである。直径3センチの肺腺ガンは手術後の再発率は80%以上と高いが、予後について質問されなかったので教授も担当医も再発の可能性の高い事を告げていなかった。K弁護士が無くなる5日前に私に「こうなるとは思っていなかった。」せめて後2、3年生きられたらどういう生き方を彼がしたかったのか今でも気になっている。

ー偽られていた人ー 
○2年前に大腸がんの手術を受けたUさん(62才)が再発してガン性腹膜炎になり、再入院。Uさんの大腸がんが分かる寸前、奥さんが家出して、行方不明だった。Uさん宅の財産管理を一手にしていた奥さんが初老性脳障害のためカウンセラーにかかっていたがそのカウンセラーが悪徳弁護士に話し、2年がかりでU家の財産すべてを奥さん名義にしている事が奥さんの家出直後に判明。Uさんの姉が重なる不幸で生きる力をなくすから、Uさんには絶対ガンと言わないでほしいとのことで、未告知だった。そのため再発してガン性腹膜炎になってなくなるまでの4ヶ月は大変だった。手術による腸の癒着と偽っていたが、便通が順調でなくなり食事がとれなくなるなど体調が悪くなるにつれ、診断や治療が間違っているのではないかと考えるようになった。そして、部屋に来る看護士にもキツい言葉をかけるので看護士の足も遠のき、毎日世話に来ている姉にもひどく当たり散らし、姉の来る回数も次第に減ってついに時々短時間しかみえなくなった。医師が声をかけても無関心を装った。Uさんは最期は不安、疑心、憤怒に満ちて孤独で亡くなっていった。

沖医師の経験から 食道がん末期の男性(58才)に家族も医療者も病名を偽っていた。ところが無くなる10日ほど前に皆のつじつまの合わない話からガンと気ずいた患者が「お前達は皆ぐるになって騙していたな」と大声で怒鳴って号泣した。その後亡くなるまで家族と口もきかなかったという。

ー真実を告げられた人ー

○大腸がん手術後2年目に肝転移の手術をしたSさんに余命を聞かれた。私は正直にこの程度だと平均2年くらいだが3年以上の人も1年位の人もいると答えた。Sさんは一部上場企業の部長をすぐやめ、定年退職後の予定を早めて奥さんとともに沖縄に移り住んだ。野菜作りや釣りをして快適な生活をしていると手紙を2度頂いたのに、訪れなかった事を今でも後悔している。Sさんは約4年間沖縄生活を楽しむことができた。

○胃がんの手術をしたC婦人(52才)に手術結果を説明した時後何年生きられるか聞かれた。私は胃から少し離れた所にリンパ節転移があったので、再発を逃れるのは難しい事、術後抗がん剤投与しても再発の予防効果がないことを正直に話した。愛情深い御主人はCさんの大好きな海外旅行を一杯させ、Cさんだけがグループツアーに参加したり夫婦で行ったり。2年あまりの間に15回ほどの海外旅行をしたとのことだった。ガン性腹膜炎と肝転移で再入院した時、Cさんに不穏な表情がなく、笑顔を絶やさずに通して亡くなった。

○直腸がんの手術後3年目、多数の肝転移を発見されたFさん(55才)医師に余命を聞くと4ヶ月から6ヶ月と言われた。独身のFさんはすぐ会社をやめかねてから行ってみたいと思っていた国内旅行を6回ほどした。身体の変調を自覚するFさんは大阪や名古屋に居る兄弟に会いに行き、青森の実家に行って両親の墓参りをし、長男の家族にあってから緩和ケア病棟に入院してきた。入院後も穏やかに坦々と過ごして亡くなった。緩和ケア病等の看護科長が自分もFさんのように死ねたら最高だと何度も語っていた。

○スキルス胃がん(55才)で亡くなったSさんの奥さんが夫の死後ホスピスにお礼に見えた時、
私たち夫婦はこの4、5年脳卒中後遺症の両親の介護に精一杯で夫婦らしい会話もなかった。胃がんとわかって治療法が無いと言われたとき余命を聞いたら3ヶ月かもしれない1年かもしれないと言われた。それから私たちはすべて夫婦として心置きなく何でも話しこの5ヶ月は夫婦として本当にこころのかよった充実した生活でした。と語った。

・・・他の病気と異なるガンの特性・・・

 ガンは誤って発生したのではなく元々人の命をコントロールするように仕組まれているものである。どうして若くしてガンになる人がいるかという問題だが、ガンが発生した臓器が何らかの原因で老化していたかもしれないし、鮭のような例外もあるが同種の生物でも個々では寿命に差があるのが自然の姿なのである。
 ガンの多い系統の人でもガンになりにくい遺伝子を引き継げばがんにならないし、その反対の事も有る。
 喫煙ががんの発生を促進する事は疑いないが百才を超えて喫煙わつづけてもげんきなひとが居る一方喫煙しないのに50代で肺がんで死亡する人もいる。
 ガンは他の病気と違って注意しても予防できない運命的要素が強いのである。ある程度以上進行したがんはどんな事をしても直す事はできないのである。
 「ガン撲滅」というが早期発見で治る例や治療法の進歩である程度生存期間は延長できても、ガンの発生を無くしたり治療ですべてのガンを治せる時代は永久にこない。

 
・・・高度進行がんは手術しても益がない・・・
 
 がんを切除できれば治ったり延命できると考える人がいるが、それは正しくない。進行したがんは目に見えるリンパ節やがんの組織をどんなに広く切除しても目に見えないがん細胞がどこかに転移しているため早晩再発する。
 リンパ節転移のある食道がん、膵臓浸潤や腹膜浸潤のある胃がん、痛みや食欲不振のある膵臓がん高度肝硬変の肝がんね大腸がんで多発肝臓転移があり通過障害のない場合、肺がんて゜リンパ節てんいが明らかだったり片肺全部を切除しなければならない場合、膀胱、子宮、卵巣、大腸、小腸の一部など多数の臓器を切除しなければならない直腸がんや子宮がん卵巣がんに対する三度目四度目の手術などの場合は無理にガン切除しても手術の苦しみの上に合併症も多く延命効果もないことが多い。病状によってはガンは切除せずパイパス手術や人工肛門にしたり、食道、胆道の狭窄部にステントを置く方が良い場合が多い。
 進行がんに対して何の治療もしないのに、良い状態で驚く程長く生存する人を大勢経験し何もしなくとも進行速度の速い比較的若年者でない限り予想より長生きできる人が多い。

・・・手術を受けなかった例・・・
 
○胃がん男性(78)認知症もあり、高度進行がんを無理に手術する価値はないだろうと言われ、ホスピスに紹介されて来た。余命2、3ヶ月といわれたKさんは食事がほどほどにできて10か月程よい状態で生活できた。
 
○胃がん女性、認知症あり。食道浸潤。中心静脈栄養を受けていながらホスピスに来る。3ヶ月いい状態。食事が経口でとれるようになり、中心静脈栄養を中止。2ヶ月半過ぎ、食べられるようになった理由を調べようと予定した矢先、誤飲性肺炎で亡くなる。

○進行腎臓がんTさん(65才)精神発育障害があったため手術が行われなかった。何の治療もせず3年半普通の生活ができた。

○直腸がんTさん(男性51才)人工肛門が嫌で手術を受けず、3年後、腸閉塞状態になったときも手術拒否。ガンが崩れて直後膀胱との間にトンネルができ便と尿が一緒に出るようになった。亡くなったのは診断を受けてからちょうど5年後。

○肺がん男性(69才)化学療法を奨められたが受けず。「抗がん剤をやらなければ余命数ヶ月」と言われたが、2年近く生存。

○食道がんで放射線療法だけを受け長期生存している人が多い。男性Nさん(68才)は食道がんがあまりに進行していて手術ができないと言われ放射線治療だけ受けた。2年あまり経って食道狭窄がひどくなって、中心静脈栄養と流動食の状態でホスピスに来たNさんが語った。「2年半前同じ病室にいて食道がんの手術を受けたひとも胃全摘した人も皆死んだのに手術できない自分は生きている。わからないもんだ。」Nさんは毎晩、大酒を飲んでいたが、次第に固形物も食べられるようになった。2ヶ月ほどして酔っぱらいすぎて誤飲し急死した。

○咽頭ガン男性Aさん、2年半前、大学病院で手術と言われたが「声がでなくなるし、食べられるようになるまで胃に入れた管から食べ物を入れなければならない」と言われた。どれくらい生きられるか聞いたら「半年くらいという事もある。」と言われた。Aさんは10時間もかかるという手術を受ける気にならず、何もせず2年半過ぎた。
 
肺がん膵臓がんその他で手術を受けたが間もなく再発し、その後、抗がん剤療法をうけたが効果がないため末期状態でホスピスに来る人のほとんどは、最初から手術適応がなかったと思われる。
 高度進行がんの手術にあたっては、放射線治療医、腫瘍内科医にセカンドオピニオンを求め手術を進めなかったりためらうようであれば受けない方が安全である。
 
・・・抗がん剤療法のやりすぎ・・・

 ホスピスに来る患者の中に抗がん剤療法を受けているのにがんが進行し末期状態になった人が非常に多い。心を痛めるのは効果がない副作用の多い抗がん剤療法を何ヶ月も続けて、余命の長くない大切な時期を副作用の強い抗がん剤療法に費やして死を迎えている事である。

ー抗がん剤は効けばすぐ分かるー
 種類にもよるが治療を始めて早い場合は2週間、多くは1ヶ月で効果がわかることが多い。腫瘍が明らかに縮小したとか痛みや呼吸苦が軽減してくるとか、消化管の通過障害が改善するとかの症状がなければ早く中止したほうがよい。効果の明らかでない場合継続するのは最悪。
 抗がん剤治療中に転移がおこったり、ガン性腹膜炎、胸膜炎になっている人が多いが、抗がん剤が効いていないのである。特に効果が明らかでないのに頻回の通院治療や副作用の強い抗がん剤治療を受けるのは損失が大きい。やらないと効果が無いからと最後に副作用の強い抗がん剤が投与され、ノックダウンされた状態になってホスピスに来る人がいる。
  
 
ー激しい痛み、食欲不振、体重減少のある人に抗がん剤は禁忌ー
 身体的にも苦痛があり、衰弱も明らかな状態で抗がん剤が効く事は無くむしろ副作用で不快な生活となり余命を縮める可能性がある。経口摂取量も減り衰弱の著しい人が抗がん剤治療を死亡直前まで続けているなどは本末転倒。
 医師の方も抗がん剤の効果を期待しないでやっている場合も多く特に抗がん剤の効果の少ないガンの場合はソウである。患者に対して何も治療法がないというのは医師の敗退のように感じたり患者の望みを無くしてはと考えたり、病院の経営、学会発表のデータ取りのためであったりもする。

ー腫瘍内科医ならまかせられるかー
 結論はまかせてよいとは限らない。アメリカでも腫瘍内科医は効果のないガンに抗がん剤治療をやり過ぎると非難する医師が少なくない。専門医は何とか効果を得たいと手を替え品を替えて治療をやり過ぎる。
 専門医とは関係ないが医師の「効く」という話と延命とは一致しない。抗がん剤の効果の判定は医学的取り決めでガンが小さくなる事だがガンが一時的に縮小しても延命していないことが少なくない。
 医師のこういう著効例があったという話には注意が必要。何十人に一人著効があって明らかに延命する人がいるが確率は非常に低い。著効する人は一回の治療で分かることが多い。同じ治療を繰り返して、やがて著効を示すことは無い。

ー問題の多い抗がん剤治療例ー

○精密機器工業N会長(79)が痰と血痰で肺がんを発見された。肺内にも転移があり、抗がん剤も効きにくい腺ガンだったため、診断した公的病院の医師には何もせず自然の経過にまかせるのがよいと言われた。諦めきれないNさんは早期肺がんの治療で有名な私大病院を受診し抗がん剤治療を奨められた。半年間に5回入院しモ最後の入院は約1ヶ月になって、家族の希望で緩和ケア病等に転科した。治療中に肺内転移の数が増え脊髄転移が発見され、ガン性胸膜炎になり、最後は脳転移で意識障害を起こし緩和ケア病棟に来た時はかろうじて反応する程度だった。
 Nさんの場合、治療中にどんどん進行して4回種類をかえて行った抗がん剤がどれも効いていないのである。その上、吐き気、食欲減退、だるさで悩み少し回復すると入院治療を繰り返したため、奥さんと約束のフランス旅行もできず脳転移を発見。脳転移に放射線治療をせず、抗がん剤治療にこだわったことも問題だった。
 
○1年前に卵巣がんと盲腸がんでがん研病院で手術をうけたI婦人(63才)が1年後盲腸がんが腹腔内再発したが大腸がんの受侍医に抗がん剤の効果は期待できないので痛み止めを服用するほかはない、と言われた。公的大病院の消化器外科部長にセカンドオピニオンを求めたが同じ答えだった。Iさんの夫が諦められず、金に糸目はつけないから治療してくれる病院を探した結果、東京近県で抗がん剤の動脈注射と東洋医学を組み合わせた治療を行う病院を見つけた。2ヶ月あまりの入院中「苦しい、気分が悪い。」の毎日を過ごし、体重は20kg減った。耐えられなくなったIさんが「長生きしなくていいから何日かでも苦しくない日を過ごして死にたい」と夫に訴えて緩和ケア病棟に転院してきた。
 痛みが取れ、ボランテイアにふくれた足をさすってもらい、副作用が取れてくると少量のステロイドホルモンが関係したのか急に食欲が出て来た。元板前だった夫は家族調理室で松茸ご飯、小鯛のこぶしめと毎日のように目新しい料理を作った。外のレストランにも2ヶ月あまりの間に10回以上行き、毎日笑顔で明るく過ごし見るからに太った。「今日死んでも私は悔いがない」と話していた。毎日とまりこんで奥さんの世話をしている夫の方は「どっちが先に倒れるかわからなくなった」と話すくらいだった。Iさんは一日中眠って過ごすようになったがソフトクリームを全部食べた二日後に亡くなった。

○歯根部原発の珍しい腫瘍と診断されたK婦人(56)はがん研病院の使用会で放射線研究所で中性子の照射を受けた。抗がん剤治療を奨められたが普通の抗がん剤は効かないとの事で新しい治験薬を用いる事になった。一年間に10回ほど入退院を繰り返し、治験抗がん剤も三度変わった。どの抗がん剤の副作用も激しく体重は著しく減り、高校同窓会にも大学同窓会にも出席できず、電車で40分程の所へ住んでいる孫の世話に行くゲンキも亡く医師の励ましに従って歯を食いしばって頑張った。丁度一年経って肺転移が現れた時、若い受侍医が「残念ながらどの抗がん剤も効きませんでしたね」と言った。Rさんは泣くに泣けないと嘆いていたがその通りである。Rさんにとってのこの一年はかけがえのない貴重な時期で抗がん剤治療を受けなければ、普通の生活ができたはずである。


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