闘 病 記

続・史上最凶の乳ガン患者

彷徨編その4

 気合いを入れて早起きし、久々の通勤電車に乗って信濃町の慶應大学付属病院へ。ダンナは夕べも明け方までインターネットで情報収集だ。ちょうど近藤誠のところで治療を受けた人のサイトが見つかって、日数や治療費のことまで細かく書いてあるのでかなり参考になる。それによると、手術はO病院のAドクターが担当し、この二人で永年チームを組んでやっているようだ。しっかし調べれば調べるほど、あちこちで物議をかもしているドクターらしいですね、近藤誠は。インターネットでも、サイトによって評価が180度違って中間がないし、慶應のなかでも完全に孤立しているという話もあったぞ。いろいろ身辺調査してるみたいで、まるでお見合いだな(したことないけど)。しかし昨日すでに病院一軒に見切りをつけているので、イヤならまたやめちゃえと気は楽だ。

 信濃町駅前の交差点は、慶應病院へ向かう患者で、ほとんど短距離走のスタート状態。腰が曲がっているのかと思った婆ァさんも、実は前傾姿勢だったりして、信号が変わるや、もっと足腰が弱い病人を押しのけて、我先に受付へダッシュするというシュールな眺めだ。受付では、紹介状が無いことに係がやや難色を示すが、とにかく近藤先生の診察を受けたいと食い下がると、いざとなったら大声出して騒いじゃうぞ〜という気配を察してか、意外とすんなり診察券を作ってくれる。取りあえず第一関門突破じゃと、ハイテンションをキープしたまま、ドラマに出てくるようなサラサラヘアーの女医やイケメンの若いドクター、ブランドものを身に付けて金持ち然とした患者なんかで溢れる、昨日のN病院とはえらく雰囲気の違う待ち合い室を、大股でずいずいと通り抜けて、地下の放射線科へ。

 ところがそこには、何やらすでに大声で叫んでいるオバさんがいるじゃあないですか。待ってる患者たちが、みんな引いてること。どうも文句を言っているみたいなので聞いてみると、彼女は例のO病院のAドクターのところで乳ガンの手術を受けたんだけど、ドクター本人ではなく、研修医が執刀しちゃったらしい。しかも診療費は水増し請求だったとのこと。それにクレームつけたら少しのお金で解決しようとした!だの、絶対マスコミに訴えてやる!だの、すごい剣幕だ。エ〜ッマジかよ??。インターネットでは、腕もいいし細かいことにも親身になって相談に乗ってくれるって評判だったぞ。何だかえらいとこに来ちゃったなーと思ったが、まぁここで逃げてもしょうがない。真相を本人に直撃インタビューしてから判断することにしようと、ハラをくくった。しかし、いよいよ近藤誠と対面かと思ったら、左に非ず。初診の患者は、まず若いドクターの問診を受け、次にCTを撮るのだが、これが何と同じ慶應では撮れず、わざわざ青山までタクシーに乗って、よその病院に行かなきゃならないんだってさ。おお−ッと、これぞ慶應のなかでの近藤誠の孤立ぶりを表している一面か!?。すげ−、リアルに「白い巨塔」じゃン。何だかコ−フンしてきたぞ。と、取りあえず言われた通り青山の天野クリニックで、CT撮影。寡黙で信頼できそうな老博士といった感じの天野ドクターに、改めてCTを見ながら診断してもらったら、ガンのステージは2aだって。げ、それってZクリニックの診断よりステージが上がってるじゃない。人によって見立てが違うのか?それともZドクターのことだから、安心させようと控えめに伝えたのか?。しかしこんな段階で一喜一憂している訳には行かない。

 とにかくこれで診察の準備は整い、まだ時間もあることだしとブラブラしているうちに、青山から信濃町まで歩いてしまう。ところが放射線科の前までもどると、なんだか待ってる人が少ないじゃないか。はは〜ん、さてはさっきのオバさんの話に恐れをなして、みんな逃げたな。順番が早くなってラッキー。しかしこっちだって、替え玉手術なんかされては困るので、問診票にもそのことをしっかり書いておこう。そんな訳で、ナマ近藤誠とは意外に早くご対面。本に載ってる写真よりも白髪が多いのは仕方ないか。まずは今までの経緯を話してから、触診したりCTの写真を見た結果、やっぱりステージは2aだ。ただ幸いリンパには転移していないらしい。今まで集めた資料によれば、リンパに転移すると脇の下を廓清しなくてはならず、後遺症で腕がはれたり力が入らなくなるというので、それがいちばん気にかかってたんだ。それにしても、こちらの質問にはていねいに答えてくれるのは、昨日のN病院とはおお〜違いで、こりゃー信頼感が持てるぞ。

 「先生、あたし焼きもの屋なんで、腕に力入らなくなると困るんですけど。」「分かった。じゃあ、とにかく手術はするとして、どこでやるか希望はあります?」「O病院はどうですか。」「いやあそこは問題が起きて、今は紹介してないんだ。」「さっき聞きました。私も替え玉手術なんかされるのはゴメンなんで…。J病院はどうですか?」「あそこの医者は性格が悪いからな。」「性格悪くても腕が良けりゃいいですけど。」「いや、外科医なんて性格悪いのが多いけど、あいつはとくに悪いんだ。それに長く外科医やってるとだんだんおかしくなっちゃうんだよな。O病院のAみたいに。おれも困ってるんだよ…ブツブツ。」「先生、私グチを聞きに来たんじゃないんですけど。」「あ、そ、そうだな。それじゃ茅ヶ崎はどうかな。遠いか?」「うーん、遠いけど、入院しちゃえば関係ないか。通うのがたいへんなのは家族だけだし。じゃあ、とにかく行ってみてから決めます。それで手術のあとの治療は、先生にお願いしたいんですけど。」「分りました。」と、あまり緊張感のないやり取りが終わるころには、このドクターにまかせて間違いないだろうという手ごたえを感じたのでありました。やっぱ、医者選びはインフォームドコンセントが一番大事だね。で、帰りがけには著書である「あなたが選ぶ乳癌治療」にしっかりサインしてもらった。どうもそういう患者はあんまりいないのか、そばにいた若いドクターや看護婦に大受け。でも何だかんだいって本人が一番嬉しそうにしてるんだから、やっぱ団塊のオジサンだぁ。

 という訳で、長〜い一日は終わったのでありました。さて、砂混じりの茅ヶ崎には一体何が待っているのか?。とりあえずサザンじゃないよな。


彷徨編その5 

 病院さがしでうろうろしているだけならいいんだけど、仕事とのすり合わせや、家族への告知もしなくちゃいけないから、乳ガン患者は忙しい。保険の請求や資料集めはダンナにおマカセだ。しかし最近、ぜんぜん仕事をしていないみたいなんですけど。家計は大丈夫かよ。とりあえず試験が終わった娘には、いままでの経緯を話し、とにかく病気について理解させるために、今まで集めた資料のうち分りやすいものを渡す。意外と冷静で、資料をよく読んでいるので一安心。一方、外で暮している息子は、電話をしたら「マジ〜!?マジ〜!?」と騒ぐばかりで、やっぱこういう時は男の方がダメだねー。実家の母は「そんな聞いたことない病院より国立ガンセンターじゃなきゃ」とか「茅ヶ崎なんか遠いから、もっと近い医者にした方が良い」とか「○○さんに聞いたんだけど、近所に良い医者がいるっていうから」とか言ってきた。心配なのは分かるが、こういう病院選びが実は一番危ないというのは、あちこちのサイトでももっぱらのヒョーバン。何よりも、治療するのは家族や見舞客じゃなくて医者なんだからと一蹴する。その他の人には、とりあえず治療のスケジュールが決まるまで、情報をいっさい出さないことに決めた。人間関係よりも、まずは治療に集中だ。それに人の不幸をネタにするようなヤツはけっこういるから、そんなのにエサを与えるのもシャクだしね。

 そうこうしているうちに、茅ヶ崎行きの当日。ちなみに病院の正式名称は「湘南東部総合病院」なんだけど、言いにくいからこのHPでは「湘南」で通します。東京の西のはずれにある我が家からは、各駅停車の相模線でゴトゴト神奈川県を縦断して行かなきゃならんので、2時間半はかかる。病院行きのバス停で待ってたら、ダンナが末期ガンだというおばちゃんに話しかけられ、いきなりレントゲンまで見せられた。あの…ガン患者にそれは胎教に悪いんスけど。ここはまだ出来たばかりのきれいな病院で、富士山の眺めが素晴らしい。ただしまわりは田んぼばかりだから、夏にはカエルがさぞやうるさかろう。でも院内は今までの大病院と違って、明るくてゆったりとした雰囲気がなかなか良いぞ。事務のスタッフは若くて元気が良いし、玄関には大きな生け花があるし、ビニールレザーの長椅子とかは無いし。外科の診察室も、待ち合いのフロアときちんとドアで隔てられてて、カーテン一枚で会話も筒抜けのN病院とはえらい違いだ。なーんかリラックスしてしまうな−。

 順番が来て診察室に入ったら、おーっと担当の村山先生はヒゲの若いドクターじゃないか。ハンサムで優しそうなムードが、何だか外科医っぽくない感じだ。以前ダンナが盲腸で手術した時のドクターが、傷跡をたしかめてはニヤリとするような寡黙でニヒルな感じだったので、そのイメージが刷り込まれてしまってたんだな。とりあえずデータを渡し、いままでの経過と、温存療法でくり抜き手術を望んでいることを伝える。もうすでに近藤先生から申し送りがあったらしく、こちらの事はすっかり分かっているみたいだ。紹介とは言っても意外にシフトが強いか?ひと通りこちらの話を聞いてから、温存手術の方法やその後の治療、抗癌剤についてと、ていねいに説明してくれるのだが、話は大変まとまっていて分りやすい。質問にも、すぐに要点をつかみ取って、的確に答えてくれる。う−む、あまりにインフォームドコンセントが手慣れていて、ひねくれ者には逆に何か落とし穴があるんじゃ無いかと思えてしまうくらいだね。そこでちょっとイジワルをしてO病院のAドクターの事を引き合いに出し、「先生はダイジョブでしょうね」と冗談をカマしたら、「よく知ってますね」とビビっていた。そりゃー現場にいたんですから詳しいですよ。がははは。しかし病院の雰囲気といい、ていねいな説明といい、手ごたえを感じたのは確か。病院探しでうろうろすんのもそろそろメンドーだし、ここらが決め時かな。とりあえずお世話になることを決めたら連絡することにして、この日は終わり。この、今すぐ日程を決めろと強要しない姿勢もいいじゃないですか。帰り際に「近藤先生にも連絡しておきますね」というドクターの一言に、何だか安心してしまうのは、すでに手の内にはまったか。まぁ、気持ちが軽くなったからいいけど。ただ、私と同い年くらいの看護婦のオネーちゃんが、人の事を心配そうにマユネを寄せて見つめながら、いちいちうなずいてくれるのにはちょっと参るね。それじゃ患者が不安になるってば。

 家に帰ってダンナと相談すると、やっぱり気に入ったみたい。治療法についても、患者会の電話相談で確認したら、温存療法として標準的で、同じような手術を受けた人も多いようだ。それよりも何よりも、自分の感覚でこりゃいけそうと感じたことがいちばん。よーし、湘南で決定だ。かくしてやっと長い彷徨の旅は終わったのであった。つーか、告知を受けてから10日しかたっていないし。しかし濃ゆい10日間だったことは確かだな。まだ手術を受けたわけじゃ無いけど、あとはやるべきことを次々クリアして行けばよいとなったら、初めに抱えていた不安は三分の一くらいになった。


回天編その1

 なんとか病院のメドはついたものの、いざ入院して手術となると、その前にやっておかなきゃいけないことが山積みだ。年末なので、恒例の自宅での陶器市をなんとか終わらせ、あちこちの集金に行き、陶器をおいてもらっている店のディスプレイを変えて、その間に陶芸教室やって、生徒の作品も年内に焼いて・・・ギャ−!!そういう時に限って窯の故障だ−−!!という訳なので、もう一度湘南へ行くまでの間は、不安を抱えているヒマもありャしない。もちろんその間にも、インターネットで集めた情報にも目を通しておかなくちゃ。つーのも、この間治療の説明を受けた時、手術後に抗ガン剤を勧められたからだ。「川上さんの場合は、閉経前でホルモン剤も効きにくいので、抗ガン剤の方が良いと思います。全身に散らばっているかも知れない細かいガンを叩くという意味もありますし。」というわけ。一応その時点では、まだあんまり知識もなかったんで「も−少し勉強してから決めます。」って言っといたんだけど、いつまでも宙ぶらりんでいる訳には行かないからね。

 ガンで死んだ親戚が、すっかり脱毛してしまった姿が頭に焼き付いているので、抗ガン剤といえば=副作用ってのがすぐ浮かんじゃうんだよな。しかし、相手がどんなものか知らないで怖がっていてもしょうがない。とりあえず資料に目を通してみると、あちゃー、吐き気やら下痢やら口内炎やら粘膜のただれやら感染に注意やら、二の足を踏みたくなるような症例がゾロゾロ出てくるじゃないか。もっとも、薬の種類や実際の使い方、効き目のメカニズムといった肝心なこともよく分かったけど。うーんやっぱり受けた方がよさそうだな−。ちなみにこれらの資料は、どーも海外のモノを直訳してるらしく、言い回しがヘン。「新鮮で乾燥した果物」って何だよ。で、結局決断するのに何が一番役に立ったかというと、やっぱり経験者の話ですね。近藤先生んとこの乳ガン患者で、温存手術後に抗ガン剤×放射線治療をした人の話もそーだけど、何よりも、食道ガンで手術をすすめる病院を飛び出し、彷徨の末に抗ガン剤×放射線の治療を選んだオミノアツシさんの「ガン病棟からの脱出」というサイトは、歯に衣着せない語り口が痛快で、ガンと闘う!!という勇気がわいてきた。

 さて、2度目の湘南は、いよいよ手術に望むための検査をして、日程やこれからの治療方針をきめる訳なんだけど、受付に行ったら、何と予約が明日になってるっていうじゃないですか。確認したらどーやら村山先生が間違えていたらしい。ちょっとーダイジョブかー。まずは採血やらレントゲンやら心電図やらの検査を終わらせ、手術についての説明。一応くり抜き法でやるけど、とったしこりを調べてみて、ガン細胞がもっと広がっているようなら再手術だそうだ。こりゃ幸運を祈るしかないね。日程はクリスマスイブ入院で、手術は翌日なので覚えやすくていい。どーせ毎年クリスマスなんてやらないし。でも家庭もあるらしい先生にはちょっと気の毒か。で、肝心の抗ガン剤なんですが、すっかり腹を決めて、手術のすぐあとからAC(アドリアマイシン×シクロフォスアミド)をやることにした。これは今まで主流だったCMF(長いので略)より効き目があるらしいけど、髪の毛は完全に抜けてツルッパゲになるとかで、体力のある若い人向けだそーだ。あーらやっぱりね。おーほほほほほ。とにかくこれで段取りは整った。村山先生もやる気まんまんのようで頼もしい。でも日程だけは間違えんなよ。

 しかし、入院前に片つけておかなけりゃいけないものがまだまだあったんですね。まずは窯の故障。10年以上使ってて、耐用年数なんかとっくにオーバーしているので、加熱用のニクロム線が切れてしまった。しょーがないので、窯の中に詰まっている作品をぜーんぶ出して線をつなぎ直し、もう一度窯詰めをして今度こそと思ったら…。げげー−!!また切れたよーー!!手術前だってのに縁起が悪いったりゃありゃしない。残念ながらこの時点で時間切れとなりガックリ。もうひとつは腰までのびた髪の毛のこと。このまま全部抜けた日にはえらい量になるので、短くしておかなくっちゃね。しっかーし、切りにいった美容院のねーちゃんは、こんなロングをいきなりショートにするのは、社内規定でできませんだって。なーにが社内規定じゃ、客のニーズに答えんかいと「病気でこれから入院しなきゃいけないんだからお願いっっ!!」と大声を出したら、お店の中は一瞬凍り付いてしまいましたがな。おかげでそのあとギャグを飛ばしまくってフォローしなけりゃならず、ヘトヘトに疲れてしまった。なーんで客がここまでやらなきゃいかんのかと、涙出そうになったよ。つーわけで、精神的にはサイテーの状態で入院に望むことになったのだ。


回天編その2

 入院の基本的な準備は、発覚した時にほとんどしておいたので、あとは病院側のマニュアルをみてチェックするだけ。それ以外の大きな荷物は、お茶やらウーロン茶やらのペットボトル12リットル分。これはオミノさんのサイトに、抗ガン剤の副作用を軽くするには、大量の水分をとってひんぱんにトイレに行くとよいとあったんで、その準備だ。やっぱ抗ガン剤の影響がいちばん気になるんでね。あとはど−せヒマだろうからと、乳ガンに関する資料がどっさり。臨場感を味わおうと、花輪和一のマンガ「刑務所の中」。それに飼い猫の写真やらぬいぐるみやら梅干しやらと、退屈しのぎには事欠かない。万が一があると最後になるかも知れないので、近所の温泉に入り、ダンナと(以下自粛)をし、術前術後の比較用に胸の写真を撮って、遠足に行く前の日のような気分で早く寝た。

 さて当日は、朝8時にダンナの運転する車で茅ヶ崎へ。車内のBGMにモーツァルトの「レクイエム」をでかいボリュームでガンガン流すと、いやでも気分が盛り上がってきますね。天気も景色もいいし、ほとんど湘南への行楽気分じゃん。そんな調子で走っていたら、年末のわりには意外と道路が混んでいなかったので、予定の1時間も前に病院に着いてしまった。待っていてもしょうがないので、さっさと手続きをすませ、案内されて病室へ。オー、なかなか居心地の良さそうな3人部屋じゃーないですか。窓が大きくて明るいし、カーテンもパステルカラーでホテルみたいだし、バリアフリーのトイレもついているし。すでに同じ日に、同じく慶應経由で乳ガンの手術をする人がひとり入っていて、これなら共通の話題があっていい。もう一人は糖尿をこじらせ、足切断の危機にあるオバちゃんだ。さっそく荷物をベッドのまわりにごちゃごちゃと配置すると、何とかこれから数日間のすみかっぽくなった。

 午後は検査なので昼メシぬきで、まずはドクターからガンのステージやら生存率やら検査や手術の方法やらの説明。ダンナが説明を受けるのは初めてだけど、今までの検査結果や治療方針は全部伝えてあるし、連日のネットサーフィンで、乳ガンについては患者より詳しくなっているようなので、ほとんど復習みたいなもんだ。でも抗ガン剤の目的のひとつが、女性ホルモンを止めるためだってのは知らなんだ。「更年期みたいになります?」「なります。とにかく生理は止めたいです。」だって。髪の毛が全部抜けちゃうのはしょーがないとしても、無理やり閉経はやだな−。ますます抗ガン剤やるのに気が重くなっちゃうじゃないか。ダンナはなんとか手術を見学したかったらしいけどこれはダメ。「どうせ手元は見えませんから」とドクターにはヘンな説得をされ、「お産じゃないんですからね」と看護婦にも呆れられてた。いやーこの人、お産ぐらいじゃなーんにも感じないんですけど。続いては病室へ戻って麻酔医からの説明。呼吸を確保するために気道に挿入する器具が、なんだか宇宙生物みたいでイカしているので、麻酔の事はそっちのけでいろいろ質問したら、呆れながらもていねいに教えてくれる。うむ、こーゆーところにプロ意識を感じますね。麻酔の説明より、この姿勢を信頼してしまった。その後は血液・MRI・CTと検査が続くので、ダンナはいったん家に帰り、明日の朝、麻酔をかける前までに娘を連れてまた来ることにする。で、検査自体は、MRIで造影剤を入れる時にカーッと体の芯が熱くなる感覚や、何だかSF映画みたいな装置が面白かったんだけど、白血球が異常に高い原因が猫アレルギーではないかと疑われてしまい、ガン告知以上のショック。なんせ文字どおりの猫可愛がりなもんで、あれができなくなるのはつらいなー。

 かくして手術の準備も一通り終わったら、あとは夕メシを食べて寝るだけ。今日は世間はクリスマスイブなので、メニューにはちゃんとケーキとチキンがついてくる。最近マイブームの「刑務所の中」のせいか、なんだかムショの正月みたいなのに感激。アルコール抜きのところも雰囲気だねー。つい「ネガイマース」なんて言いそうになって一人でウケる。食後、家に電話をかけに外来病棟へ行ったら、ドクターがチラチラとこっちを気にしている様子だ。一瞬、(フッ、ダメよ患者に惚れちゃ)と思ったけど、考えてみたら病気で世をはかなんじゃう人もいるだろうから、それとなく気をつけてるんだろうね。あんまりウロウロして、うるさがられて早めに麻酔でもかけられちゃうと困るので、さっさと部屋にかえって寝ることにする。病院に泊まるのは、昔ダンナの盲腸手術で付き添って以来だ。そういやあの時の病院はスゴかった。交通事故のケガ人もごっちゃに詰め込まれた大部屋だったので、夜になるとあちこちから「いてーよ−、いてーよ−」なんてうめき声は聞こえてくるわ、しょっちゅう救急車のサイレンの音はするわ、おまけに近くの米軍基地の飛行機は超低空で飛ぶわで、ほとんど野戦病院。それにくらべると湘南はたいへん静かだけど、かえって小さな物音が気になるなーなんて考えているうちに寝てしまった。

 翌朝は6時に目がさめた。朝メシはもちろん、水もダメなので、歯を磨いたり体をふいたりして身繕い。シャワーはないので、小さい洗面器がたいへん役に立つ。そのうちに看護士のにーちゃんが来て、名前やら生年月日やら血液型やらが書き込まれたリストバンドを腕につけられた。これでますます刑務所みたいな気分が盛り上がって、たいへん楽しい。でも死体みたいでもあるな。次にわたされた錠剤を飲み、手術着に着替えると、何だか急に眠くなってきた。やばい!!このままでは、ダンナと娘が来る前に寝てしまう!!カゼ薬だって子ども用のイチゴ味で十分なくらいの体だから、きっと睡眠薬が効きすぎているに違いない…。はたして家族は間に合うのか!?。それよりも、パンツをT字帯に履き替えることができるのか!?。緊迫の次号を待て。


「新・史上最凶の乳ガン患者」に続く

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