2003年11月ごろのこと、ある晩ダンナが出張でいないので、手持ち無沙汰におっぱいをもんでいたら、左側の上の方に、なんかしこりのようなものがあるじゃあないですか。鏡に映してみたら、腕をあげると引っ張られてひきつれるし。こりゃいつまでも自分の裸に見とれている場合じゃない。親戚に何人もガンで死んだのがいる家系なんでマジでヤバいかも。
そう思ったらすっかりパニクって、とにかく入院の準備をしなくちゃとバッグを引っ張り出してみたり、いつも下着だけで寝てるからパジャマを買わなくちゃと悩んでみたり、夜中にバタバタしてしまった。でも落ち着いて考えてみたら、まだガンと決まったわけじゃない。やっぱ検査が第一と、翌朝一番に役所に電話して、市でやっている検診のセンターとかいう所を教えてもらう。ところが乳ガンの検診は、来年の1月まで予約がいっぱい。あとで分かったんだけど、どーもどっかの新聞社がやってるキャンペーンのせいで、バニクった連中が押しかけていたらしい。なんとか食い下がって、キャンセル待ちとはなったものの、翌日電話してもやっぱり空いていない。これはまずいと、検診センターのオバハンに「どっかやってくれるとこないか」としつこく聞くと、「具体的な名前をあげるわけにはいかないけど、乳腺外科でマンモグラフィーがあるとこがいいですよ」なんて、まるでお役所そのものの答え。なんだよ、それじゃ片っ端から電話かけて調べんのかよ。てめぇんとこで捌ききれないんなら、具体的に紹介しろってんだ。この税金ドロボー。
ふと、以前乳腺炎で世話になった医者を思い出し、電話してみたら「ただいま使われておりません。」だって。十ン年前の段階でけっこういいトシだったから、もうとっくに死んでるな、こりゃ。近くの大きな総合病院にも乳腺外科はないらしい。しょーがないんで、帰ってきたダンナにインターネットで調べてもらったら、あっという間に、やってくれそうな病院のHPが2件みつかった。恐るべしインターネット。これが無かったら、いつ見つかるか分からない病院を探し求めて電話をかけまくったり、検査の順番がまわってくるまで、不安におびえてなきゃいけなかったわけ〜?。
で、この2件なんだけど、HPの内容はいかにも対照的。一つは医者の似顔絵がのってて、親しみやすさを表そうとしているのは分かるものの、これがいかにも脂ぎっているカンジなんだな。おまけにビールが好きだとかよけいなことがズラズラ書いてある。もう一つは、優しそうな医者の写真と、得意な診療についてシンプルにまとめてある(でも東大出であることは、それとなくアピールしてたりして)。どちらも同じ乳ガン学会の選定医で、マンモグラフィーも完備しているといったって、これじゃあ不安をかかえる客がどっちを選ぶかは分かりきってるね。病院経営者のみなさん、HPの印象は大切ですよ。まァあたしとしてはビール好きというのに心引かれるものはあったけど、べつに飲み歩く相手を探してるわけじゃないんで、さっそく、東大出の医者がやってるZクリニックの方に、数日後の予約を入れた。
ファーストコンタクトまで何日か余裕があったし、なんにも知らないで検査を受けるのもコワイ。閉所恐怖症なんで、いきなり狭くて暗いところに入れられたら、絶対パニクるだろーね。やっぱ「初体験」には心の準備が必要ということで、どんな検査をするか、インターネットでダンナに調べてもらった。どうやらマンモグラフィーというのは、おっぱいをサンドイッチしてレントゲンを撮る機械のことのようだ。あとCTとか針で組織を吸い出して調べるとか。あんまり恐くは無さそうで一安心。
さて、当日、家から1時間ほどのZクリニックへ行くと、なんかフツーの町医者のたたずまいじゃん。こぎれいな待ち合い室には風邪ひきのバーさんや子どもが、インフルエンザの予防注射に来ているくらいで、乳ガン検診の患者であふれていると思ったのにヒョーシぬけだ。ほんじゃーあの検診センターに押しかけて、何ヶ月も待っている連中はいったいなんなんだ?。
それほど待たないで診察室に入ると、けっこうソフトでよい印象のドクターだ。ただし、HPの写真はだいぶ若いころに撮ったというのがばれてしまった。早速ちょこちょこっと視触診されたらいきなりマンモで、おっぱいをノシイカにされる。続いてのCTは、妊娠してた時もやったからヨユーのはずなんだけど、やけに乳首をぐりぐりやられて、声出そうになっちゃった。ぁ、もちろん痛くてね。問題はこのあとの「針生検」で、ガンの疑いのある細胞を吸い取って検査するというやつだ。針の太さも長さも鉛筆の芯ぐらいある注射器でブッスリやるのだが、こいつぁー痛い。おそらく乳ガン治療のなかで一番痛かった。おまけに、とった組織の量が足りなかったので、もう一回やるはめに。ドクターは「すいませんねー」とか「この検査人気無いんですよ−」あくまでもソフトな対応なんだけど、こっちは痛みを逃すために、十ン年ぶりにラマーズ法の呼吸を思い出しちまったよ。検査結果は一週間待ちで、この日はこれで終わり。〆て4200円也と、意外に安いので驚いた。待ったのも5日だけだし。これじゃあ、いくら検診センターがタダだからといったって、不安をかかえて順番待ちをしているのは、アホとしか思えないね。
さて一週間後、ドキドキしながらZクリニックへ行ってみると、なんとまだ結果が出ていないっていうじゃぁありませんか。そのくせ「車のなかに置いてきちゃった」とかいっちゃって。うーん怪しい。きっと悪い結果に違いないと確信を持ったね。おまけに今度来る時は電話をかけてからにしてくれなんていうし。翌々日に電話したら、受付のねーちゃんが、「もう出ていますから、お気をつけておいで下さい」だって。こりゃもう決定ですね。さてはこっちの反応を計っていたな。じゃなければ、それとなく気づかせようという心理作戦か?。案の定、診察室に入ったとたん、いきなり宣告だ。「ステージ1で初期の乳ガンです。手術して、放射線治療やホルモン療法をやることになると思います。」と、前置きもなにもあったもんじゃない。まぁ、あたしとしちゃ「エー、まことに申し上げにくいのですが、なんというかその、意外にもあまりよくない結果でして…」と、グダグダやられるよりは、さっぱりしてていいけど。あとはテキパキと事務的に、「どこかご存知の病院あります?ない?じゃあいい医者紹介しましょう。」と、その場で書き上げた紹介状と資料をわたされ、「まだ初期ですからがんばりましょう。」とハッパをかけられて、Zクリニックを後にした。
で、帰りの電車の中では、治療費をどうしようとか、まわりにどう知らせようとか、教えている陶芸の教室も休まなくっちゃとか、何よりもこれから一体どーなっちゃうのかという不安が、ぐるぐる頭の中で渦巻いてまとまりがつかなかったんだけど、その後は病院さがしで彷徨するのが忙しくて、ゆっくり落ち込んで「薄幸の乳ガン患者」をやっていられたのは、ほんの数時間だけだったのだ。
家に帰ると、ダンナも覚悟を決めていたみたいで、意外なくらい冷静に、これからの対応を考えた。ちょうど娘が試験の真っ最中なので、動揺させるのはちとマズイ。このところよく出かけるのを怪んでいるみたいだが「浮気だよ〜ん」とでもごまかしておいて、紹介された渋谷のN病院へ行ってみるまでは、ほかにはだれにも言わないでおくことにしよう。さすがにフトンに入ると涙があふれてきたので、しょうがないからダンナの胸を借りて泣いた。しばらくすると彼も仕事があるのか、自分の部屋に行ってしまったので、一人で泣き寝入り。
翌朝、遅く起きてきたダンナの顔を見たら目が真っ赤だ。なんだよ一人で泣いてんなよ、こっちの方がショックなんだから、と思ったのはとんだ早とちりで、どうやら仕事をほっぽり出し、遅くまでインターネットで、乳ガンについて調べていたらしい。もう患者の間でオススメの病院の情報などをゲットしていたが、N病院は入っていないようでガッカリ。その後もぜーんぜん仕事をしないで、パソコンに向かっているようなので、とにかくN病院に行く前に、少しでも知っておこうと、新しい情報が入るたびにレクチャーしてもらう。おかげで、乳ガン業界についての、だいたいのアウトラインが見えてきた。
なかでも驚いたのは、どうも病院によって手術のやり方がぜんぜん違うらしいこと。同じ症状でも、おっぱいを全部とられちゃうとこがあるかと思えば、わずかなキズ跡しか残らないとこもあるとか。インフォームドコンセントがイーカゲンなとこじゃ、麻酔からさめたら、おっぱいが無くなっている例なんかもあるらしい。げげっ、これじゃハズレに当たったら泣くに泣けないじゃん。大丈夫かよN病院。そのうちに業界の裏情報も入ってきた。どうやら治療法について色々な意見がぶつかっているようで、なかには過激な発言で主流から総スカンを食っているような医者もいたり、納得のいかない治療法にかみつくような、元気な患者もいるようだ。何たって人のケンカほど面白いものはないし、こっちもヘソ曲がりにかけちゃ自信があるから、こーゆーのはついつい印象に残っちゃうんだよな。もちろんちゃんとした情報だって手に入れた。なかでも分りやすかったキャンサーネットジャパンと、JR東京病院のHPは、プリントアウトしてアンチョコにする。
いよいよN病院へいく前日、新聞を広げたら、お−っと!「乳ガン患者の会、手記を出版」なんて記事があるじゃあないですか。よく読んでみたら再発の話で、まぁ、まだそこまで早手回しに考えることもないだろうけど、乳ガン治療についての本もいろいろ出しているようだ。「乳ガン・あなたの答えが見つかる本」というのは気になるぞ。それに、こんなタイミングで記事が出たのも、何か縁があるに違いない。夜には電話相談もやっているそうなので、それまでにHPや記事で紹介されている本を手に入れることにしよう。しかし文化果つる処の悲しさ、お目当ての本をおいてあるような図書館や店はなく、しょーがないので「一番新しい乳ガンの本」(福富隆志著)というのを買ってきた。ところが、読んでみると、なーんか違和感を感じるんだよな。インターネットではけっこう話題になっている医療の問題点も、サラッと流しているだけだし。まぁ、国立がんセンターの医者が書いているから、そのへんは仕方ないかと、最初に業界の裏側までのぞいて、若葉マークのくせにすっかり耳年増になっているガン患者は、身の程知らずの感想を抱くのであった。
夜になって患者会の電話相談に連絡する。何よりも気になるのは、もう診察が明日に迫っている、N病院についての評判だ。残念ながら、よい情報も悪い情報もほとんど無いそうで、なんだかよけいに不安がつのるじゃないか。インターネットなどでオススメといわれている病院については、患者の間の評判もおおむね良いようだけど、それ以外となると、なかにはヒドイところもあるらしい。うーん、こりゃマズイと思ったら、サッサと逃げ出した方が身のためだな。でも病院が気に入らない時はよそに替えればいいというだけでも、ずいぶん精神的に楽になる。ま−逆にいえば自分で判断しなきゃいけないということにもなるんだけどね。それにしても、患者がボランティアでやっているというのに、これだけいろいろな相談に答えてくれるというのはありがたい。あたしみたいに、何も知らないで不安におののく子鹿のような患者には、こーゆ−ナマの話が一番安心すんだよなー。30分以上もさんざん聞きまくり、受話器をおいた時には、あるていど明日への心構えができていた。
そしていよいよ当日、ここまで来ると不安というよりは、やってやろーじゃねーか、気に入らなきゃお前んとこには頼まんぞという、挑戦的な気持ちがわいてきた。もっとも、そしたらその後はどーすんだ?ということは、あまり考えていなかったんだけどね。
N病院までは家から2時間ほどかかるので、電車のなかでは、インターネットからプリントアウトした資料を、ひたすら頭のなかに叩き込む。「乳ガン・あなたの答えが見つかる本」は、結局手に入らなかったけど、この本を詳しく解説したサイトがあり、内容をコンパクトにまとめてあるので大助かり。なんか試験前にあたふたと詰め込みをやってるみたいだな。しかしおかげでよけいな不安が入り込んでくるヒマがない。渋谷からバスですぐのN病院は、建物はきれいだけど、客層が何となくみすぼらしい。まぁ医者の腕が良きゃ、そんなことはどーでもいいけど。乳腺外科の前で待つことしばし、テンションが上がっているので、名前をよばれたら、思わず「ハイッ!」と小学生みたいに元気よく返事してしまう。
ドクターは、好青年といった感じでまだ若い。高学歴にありがちの控えめなタイプで、印象としては悪くないぞ。ところがさっそく視触診して、CTでも見ようとしたら、手術で使ってふさがっているとかで検査できず。おいおい大丈夫か。さらには検査が終わったら、いきなり手術の説明だ。「方法としては、全摘出と温存で扇状に切るというのがあります。」だって。事前にベンキョ−してたから良かったものの、なんにも知らない人が、前置きなしにこんなこと言われたらビビるだろーな。きっと「先生におまかせします」と言っちゃうに違いない。こちとらショーバイの陶芸は力仕事なんで、脇を切られてリンパ浮腫にでもなったらおまんまの食い上げだ。ここでヘタにまかせてなるものか。「温存でお願いしたいんですけど、くり抜きとかできないんですか?何センチぐらい切るんですか?」と、10分前に読んだばっかりの知識をふりかざして食い下がる。「それは・・・切ってみないと判りません。年内に手術した方がいいので、19日はいかがですか?」そらキターーーーッて感じですね。ろくに説明もしないで手術を急ぐのは危険信号だと、どこかのサイトの要チェックリストにもあったぞ。こりゃなんとか逃げ出さなきゃ。「今ここでは決められません。それと、セカンドオピニオンをとりたいんですが。」と、相手が嫌がるであろう方向に強引に振ると、「うちではちょっと紹介は・・・国立ガンセンターや大塚のガンセンターならやっていると思いますが・・・」と、案の定オロが入ったスキをついて、「もしここで受けることに決めたらまた伺います。」と言ってさっさと逃げてきた。ふ−っヤバいヤバい。しかしこの後どうしよう。
とにかくドクターの言っていた国立ガンセンターを電話帳で探して問い合わせてみると、紹介状が必要とのこと。これからまたZクリニックへ行って事情を話して紹介状書き直してもらって出直してくるなんて、手間も時間もお金もかかるので、今ある資料と紹介状で見てもらえないかと食い下がったけど、やっぱりダメ。何しろ順番待ちがスゴイらしい。ちぇ〜っ。やっぱ国立は融通がきかん。ここで浮上してきたのが慶應病院の近藤誠。インターネットで乳ガン関係のサイトを検索するとやたらに名前が出てくるけど、どうやらこの業界の問題児らしい。そのかわり、患者の受けはすごく良いみたい。実は夕べの患者会への電話でも評判を聞いてみたんだけど、「クセがあるから人によっては合う合わないがあるけど良いドクター」とか。共著者でもある「乳ガン・あなたの答えが見つかる本」を、やっと渋谷の本屋で手に入れて読んだ限りでは、言ってることの筋は通っているし。うーん、この姿勢にはシンパシーを感じてしまいますね。筋が通らないことにはすぐにかみついて、しょっちゅう波風立てている、あたしの生き方そのものじゃん。ひょっとすると「当り」かも知れない。さっそく慶應に電話してみると、おおっ、ラッキー!彼が週一度だけ出てくる診療日は、ちょうど明日じゃあないですか。こりゃ、いよいよ赤マル急上昇だね。
とりあえず、明日は慶應に行ってみるとして、一つ困ったことがある。Zクリニックのドクターから、N病院へ行った後に連絡が欲しいと言われてたのだ。どうせ近藤誠のところへ行くと言えば難色を示すだろうから、だまって資料を持っていっちゃうつもりだけど、「他を紹介しますからもう一度来て下さい」なんてなるとメンドーだ。良い先生なんで心苦しいが、ここはうまいこと言ってごまかしちゃえ。告知のときにヘンな小細工したお返しだ。直接電話をすると、いろいろ聞かれてボロが出るだろうから、慶應に出かけてからダンナにファックスで手紙を送ってもらい、もし向こうから電話がかかってきたら、彼にテキトーに答えてもらおう。うーん我ながら巧みなアリバイ工作だ。あとで聞いたら、2日ぐらい後にすごく心配した様子で電話かけてきて、やっぱり「セカンドオピニオンという言葉に惑わされてはいけない。」とか「温存は再発率が高いので、N病院で標準的な治療をした方がいい。」とか「どこか希望の病院があれば紹介状書きます。」と言ってたそうだ。どーも、セカンドオピニオンの申し出にはあまり慣れていないらしいが、これも修行のひとつだと思って下さい。がはははは。ちなみに彼は、いまだにこの経緯を知るよしもないけど、ダンナが保険金請求のための診断書もらいがてら資料を返しに行ったら、診察室から出てもこなかったそうだから、ヘソを曲げているのは確かなよーです。
さて、いよいよ明日は「ガンと闘わない」と噂の医者とご対面。彷徨編最大のヤマ場だっ。
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